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横浜地方裁判所 昭和42年(ワ)1385号 判決 1973年3月01日

原告

谷本理代子

ほか三名

被告

滝野川自動車株式会社

ほか二名

主文

被告らは各自、原告谷本理代子に対し金一五四、二四八円、原告谷本清文同谷本恵美子に対し各金八五四、二四八円、原告谷本清造に対し金一〇〇、〇〇〇円、および、右各金員に対する昭和四二年三月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告らに対するその余の各請求及び被告会社引受参加人に対する請求はいずれも棄却する。訴訟費用の負担については、原告らと被告らとの間に生じた分は、これを一〇分し、その九を原告らのその余を被告らの各負担とし、原告らと被告会社引受参加人との間に生じた分は、原告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告ら及び被告会社引受参加人は各自、原告谷本理代子(原告理代子という)に対して金五、一二二、〇八一円、同谷本清文(原告清文という)に対し金五、五二二、〇八一円、同谷本恵美子(原告恵美子という)に対し金五、五二二、〇八一円、同谷本清造(原告清造という)に対し金五〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四二年三月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告ら及び訴訟引受人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  原告ら、被告ら及び被告会社引受参加人の地位

原告理代子は、訴外亡谷本信男(亡信男という)の妻、原告清文、同恵美子は亡信男の実子、原告清造は亡信男の実父であり、原告理代子、同清文、同恵美子はいずれも亡信男の相続人である。

被告滝野川自動車株式会社(被告会社という)は旅客の運送事業を営む会社、被告野村勇(被告野村という)はその被用運転手、被告小林運正(被告小林という)は被告会社の代表取締役として被告会社に代りその事業の監督をなすものである。

被告会社引受参加人滝野川興業株式会社(訴訟引受人又は訴訟引受人会社という)は、後記のとおり被告会社と重畳的にまたは連帯して本件損害賠償債務を負担すべきものである。

二  交通事故の発生

亡信男は次の交通事故の発生により死亡した。

1  発生日時 昭和四二年三月七日午後一〇時一五分ごろ

2  発生地 横浜市戸塚区瀬谷町七、五八三番地先

道路名称 国道一六号線(コンクリート舗装)

3  被告車 営業用普通乗用自動車相模五け一、〇七四号

4  運転者 被告 野村

5  事故の概要

亡信男は帰宅途中バス停留場にてバスを下車し、横断歩道を横断中、折柄厚木方面から横浜方面に向けて進行中の被告車に衝突せられて、頭部外傷、頭頂骨骨折等により翌三月八日午前〇時二五分ごろ死亡した。

三  帰責事由

被告ら及び訴訟引受人は、次の理由によつて原告らおよび亡信男の損害を賠償する責任がある。

1  根拠

(一)  被告会社は被告車の保有者で、本件交通事故は被告野村がその被用者として被告会社の業務に従事し被告車を運転中に生じたものである。また被告小林は被告会社の代表取締役として被告会社に代り事業を監督する者である。

(二)  訴訟引受人

(1) 被告会社と訴訟引受人間の営業譲渡に関する事実関係被告会社は企業経営の合理化をはかるため一般旅客自動車運送事業部門を他の事業から独立させることを目的として、新会社(滝野川興業株式会社、訴訟引受人)の設立を準備し、昭和四二年九月一六日開催された同会社発起人総会において、新会社の株式引受人及び引受株式数は、設立の際発行する株式六〇、〇〇〇株のうち被告会社が五九、九八八株を引受けることになり、かつ、被告会社代表取締役であつた被告小林が発起人代表に選出され、東京陸運局長に対する一般乗用旅客自動車運送事業譲渡及び譲受認可申請、ならびに、譲渡及び譲受価格、契約締結に関する一切の権限が授与された。

新会社発起人代表者被告小林は、右の権限に基づき昭和四二年九月二五日被告会社との間に同事業譲渡及び譲受契約を締結したうえ、被告会社と連名で同年一〇月一三日東京陸運局長に対してこれが認可申請の手続をし、かつ公正取引委員会に対して営業譲り受けの届出書を提出した結果、同年一二月一四日同事業の譲渡及び譲受は認可された。

他方、新会社である訴訟引受人は昭和四二年一二月五日設立登記され、被告小林が代表取締役に就任し、同年一二月一三日被告会社と訴訟引受人との間に、同事業の譲渡契約が成立した。

以上の諸手続を経て、訴訟引受人は、被告会社に属した不動産、車両及び従業員の全てを包括的に承継した上、被告会社が行つてきた営業形態と全く同様な方法で営業を継続し、昭和四三年一〇月二〇日に至り、従前の代表取締役被告小林から現在の代表取締役である塩田賀四郎に変更がなされたものである。

(2) 訴訟引受人の賠償義務存在理由

(イ) 被告会社と訴訟引受人とは同一人格であるから、訴訟引受人は当然本件損害賠償債務を負担すべき義務がある。

すなわち、訴訟引受人たる新会社は、被告会社のタクシー、ハイヤー営業部門を独立させるために設立されたものであり、新会社の発行株式のうち九九・九八パーセントの株式は被告会社が所有し、実体的にも代表取締役が同一人の被告小林であり、使用する営業所、車両、従業員もすべて被告会社と異なることなく、また、新会社設立後一年間は役員変更もないまま営業が継続されていたものである。すなわち、被告会社と訴訟引受人とは実体的には同一人格であり、単に代表者が訴訟引受人たる新会社に至つて変更されたにすぎないものである。ということは、結果的には、何も新会社を設立することなく、被告会社のままで代表者が交替し、株式の譲渡、新株の発行等が行われれば事足りたはずである。にもかかわらず、本件事案の如く、新会社の設立、認可等の一連の手続をとつたために、すでに発生していた損害賠償債務を免れ得るとしたら、まさに、その新会社の設立行為は原告らにとつて詐害行為となるものである。

(ロ) 訴訟引受人は、被告会社の本件損害賠償債務を引受けたものであるから、被告会社と併存的に賠償義務が存する。

すなわち、認可手続に際し、被告会社及び訴訟引受人は債権債務はすべて譲受人である訴訟引受人が引受ける旨明言しており、また、被告会社臨時株主総会においても負債は一括して訴訟引受人が引受ける旨決定している。以上の債務引受の事実が明らかになつたので、東京陸運局長から認可されるに至つたものである。

後記のとおり、訴訟引受人は、本件損害賠償債務を引受けた事実はない旨主張しているが、それはすべて塩田賀四郎の立場にたつた主張であり、訴訟引受人はあくまで滝野川興業株式会社であつて塩田賀四郎ではないこと、及び、訴訟引受人の代表者は昭和四三年一〇月まで被告小林であつたことを曲解した主張であつて理由がないこと明白である。

(ハ) 訴訟引受人は被告会社の商号を続用しているものであるから商法第二六条第一項の規定に基づき、被告会社の本件損害賠償債務を弁済すべき義務がある。すなわち、被告会社は「滝野川自動車株式会社」なる商号を用いてタクシー、ハイヤー運送事業を営んでいたものであるところ、昭和四二年一二月五日訴訟引受人は「滝野川興業株式会社」なる商号にて設立登記を完了し、同月一三日の営業譲渡契約に基づき、被告会社のタクシー、ハイヤー部門の営業を全て譲り受け現在に至るまで、その営業を継続しているものである。

ところで、商法第二六条第一項によれば、営業の譲受人が譲渡人の商号を続用する場合は、譲渡人の営業により生じた債務については、譲受人も譲渡人と連帯して債務を弁済すべきこととされている。本条第一項が適用されるためには、商号の続用がなければならないが、完全に同一商号を使用することを必要とせず、多少の字句の相違はあつても、取引の社会通念上、従前の商号を継続した場合に当ると判断される場合をも含むと一般に解されている。

すなわち、商法第二六条第一項にいう「商号の続用」にあたるか否かの判断は、主に使用された商号の字句から判断されるものであるが、譲渡人と譲受人の営業主体の人的構成上の関連性や、営業目的、取引先に対する通知及びその引継の有無、営業譲渡の動機等諸般の状況をも斟酌して判断すべきである。

なんとなれば、これは、従前の営業上の債権者の外観に対する信頼を保護することにあり、商号を続用するということは、譲受人が譲渡人の従前の債務につき責任を負う意思を示すものと解されるところであり、又、譲受人による債務の引受があつたものと考えるのは無理からぬ事情が存する場合に、債権者を保護するものであるから、右の事情の判断に当つては、前記諸事実を勘案することは、差支えないというより、むしろ必要なことであろう。

しかして、本件において被告会社の商号と訴訟引受人の商号の主要な部分は「滝野川」であること(事実、業界及び関係者の間では通称「滝野川」で通つている)、訴訟引受人の発行株式六〇、〇〇〇株のうち、九九・九八パーセントにあたる五九・九八八株を被告会社が所有していたこと、被告会社の役員がほとんど全員そのまま訴訟引受人の役員として就任したこと、営業目的が一般旅客自動車運送事業であり全く同一であること、営業場所(最も主要な営業所を訴訟引受人は本店所在地とした)ならびに従業員及び被告車を含めた全車両をそのまま引継ぎ従前どおり営業を継続していること、被告会社の主な取引先であつた神奈川日産、神奈川トヨタ、横浜日産、横浜トヨベツト、東急日産等の自動車販売会社、社会保険事務所、税務署、その他数多くの取引先に対しては全て債務を引受け支払いがなされていること(これらは形式的には塩田賀四郎個人が債務引受をなしているが、同人が訴訟引受人の株式を買取るための前提としてなしたものであり、実質的には訴訟引受人が引受けたものである)、本件営業譲渡は、当初塩田賀四郎個人が被告会社のタクシー、ハイヤー部門の事業を買取ることで話が進められていたものであるが、陸運局の認可等種々の事情により、新会社の設立、株式の譲渡、役員の変更等により行われたものであること、本件原告らは一般の債権者と異なり交通事故の被害者であり、残された妻子がわずかな損害賠償を請求しているにかかわらず、被告会社及び訴訟引受人はお互いに責任のなすり合いをして、事故後五年以上経過した今日に至るも何ら歩みよりの話合いがなされていないこと、訴訟引受人は、営業上必要な営業所の敷地等に関する事件については被告会社から引続き訴訟を担当していること、営業譲渡契約においても金額を明示して債務を引受けていること等の事実を勘案すると、訴訟引受人について商法第二六条第一項の適用があることは自明の理である。

しかして、以上の事理は、譲受人が事実上譲受営業を継続している限り、営業譲渡に至つた手続、事情等が異なり、強いては仮に営業譲渡が無効であつても商法第二六条第一項の適用があり、従つて、訴訟引受人が塩田賀四郎と被告小林との個人的関係をもつて、第三者である原告らに対し、責任のなすり合いの事実をもつて抗弁するのは見当違いも甚だしい。

なお、譲受人は譲渡人の営業により生じた債務について責任を負うものであるが、不法行為によつて生じた債務も含まれること、及び譲渡当時、譲受人がその存在を知らなかつた債務(債務額が確定していない場合をも含む)についても責任を負うべきことは明白である。

2  被告野村の過失

(一)  道路の状況

本件事故現場は、国道一六号線(コンクリート舗装)上の信号機および横断歩道の設備のある三差路であり、被告野村が被告車を進行させていた方向は見透しよく何らの障害物もなかつた。

(二)  過失の内容

被告野村は、右三差路付近を制限速度時速五〇粁をこえた時速七〇粁以上の高速で通過せんとしたところ、折柄信号に従つて横断歩道を横断中の亡信男を発見し、急制動の措置をとつたが間に合わず、同人に衝突し、同人を衝突地点より前方約一八米先に跳ねとばし、よつて同人をして、頭部外傷等により死亡せしめたものである。

このような信号機および横断歩道の設備のある場所においては、自動車の運転者としては、信号を確認するとともに充分前方を注視し、減速して通過すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と時速七〇粁の高速で通過しようとしたために本件交通事故が発生したものである。従つて、被告野村には、信号の無視ないし誤認、前方注視義務違反、徐行義務違反、制限速度違反の各違反事実があり、被告野村の過失は重大である。

四  損害の発生

1  得べかりし利益の喪失

亡信男は、大正一五年八月三〇日出生の健康な男子で本件交通事故発生当時四〇才であつた。当時横浜市水道局に勤務して年額金九三九、八九二円の収入があつた。そして、横浜市水道局においては五八才まで就労可能であつたから、右年額の一八年間分の総収入は金一六、九一八、〇五六円となるところ、同人の生活費相当額である総収入の二五パーセントを差引き、かつ、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すると、金六、六七八、一八〇円である。また、同人が五八才で退職した場合に支給される退職金の額は、金四、九九一、九七六円となるところ、ホフマン方式による現在額は金二、六二七、三五五円であるから、すでに同人の死亡により受領した退職金五五一、二〇〇円を差引くと金二、〇七六、一五五円となる。

さらに、同人が五八才で退職した場合は年金の受給資格があり、その額は生存中年額金四六一、八九七円であり、同人は退職後もなお一一・一五年生存可能であるから合計金五、一五〇、一五一円となり、その最終の年に全額を受けとるとして、ホフマン式計算法により中間利息を控除すると金二、〇二六、四一九円となるところ、すでに受領した年金の一時金(退職一時金)金二一四、五一一円を差引くと金一、八一一、九〇八円となる。

原告理代子、同清文、同恵美子は亡信男の相続人として、同人の死亡により右損害賠償債権の各三分の一づつを相続により取得した。

2  慰藉料

亡信男は、戦前大阪電機学校を卒業後関西配電にしばらく勤めたが、戦時急をつげたため予科練を志願し兵役に服し、終戦となつたので船舶公団、船会社等に就職し、昭和三二年四月横浜市水道局に勤務するようになつた。同三一年一〇月原告理代子と結婚し、円満な家庭生活に入り長男清文、長女恵美子をもうけ、原告清文は小学校五年、原告恵美子も小学校に入学する年であり、生活もやつと安定し、これからというときに本件交通事故に遇つたものである。

原告理代子は最愛の夫を一瞬にして失い、原告清文、同恵美子は父なし子になつてしまつた。原告理代子には貯えとてもなく、二人の子供をかかえ、今後どのように生きていつたらよいか、頼れる親戚とてもなく途方にくれている有様である。

他方亡信男の父原告清造は、当年七〇才に至り、心臓が弱く病弱な身体をもつて寮の世話をしながら生計を維持しているものであるが、亡信男は二男ながら長男が死亡しているため、事実上原告清造の扶養を近い将来引受けることとなつていた。したがつて、原告清造の受けた精神上の苦痛もまた甚大である。

よつて、原告らに対する慰藉料の額は、原告理代子、同清文、同恵美子が各一、〇〇〇、〇〇〇円、原告清造が金五〇〇、〇〇〇円が相当である。

3  弁護士費用

原告理代子は、本訴請求につき、弁護士である原告ら訴訟代理人に訴訟委任をなし、弁護士費用(着手金および謝金)として金一、一〇〇、〇〇〇円の支出を余儀なくされ、右金員相当額の損害を被つた。

4  相益相殺

原告理代子は、千代田火災海上保険株式会社から自動車損害賠償責任保険に基づく保険金一、五〇〇、〇〇〇円を受領した。

5  原告らの損害額

(一)  原告理代子分

得べかりし利益 金四、五二二、〇八一円

慰藉料 金一、〇〇〇、〇〇〇円

弁護士費用 金一、一〇〇、〇〇〇円

損益相殺 金一、五〇〇、〇〇〇円

差引合計額 金五、一二二、〇八一円

(二)  原告清文、同恵美子のそれぞれの分

得べかりし利益 金四、五二二、〇八一円

慰藉料 金一、〇〇〇、〇〇〇円

合計額 金五、五二二、〇八一円

(三)  原告清造分

慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円

五  よつて、被告ら及び訴訟引受人は各自、原告理代子に対して金五、一二二、〇八一円、同清文、同恵美子に対して各金五、五二二、〇八一円、同清造に対して金五〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する不法行為発生の翌日である昭和四二年三月八日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるために本訴請求に及んだものである。

六  なお、被告らの過失相殺に関する主張事実を否認し、次のとおり付陳した。

まず、信号無視の点は、通常青信号で横断中であつても、渡り終るころに赤信号となることは、ままあることであり、本件交通事故も渡り終る約一米程手前で事故に遇つたことから考えても、加害者である被告野村の過失により生じたものである。

次に、酔払つていたとの主張についても、亡信男の血中アルコール濃度は、血液一ミリリツトル中〇・一七ミリグラムであつて、道路交通法による酒気帯びにもあたらず、俗にいう「ほろ酔い」のうちでもごく軽微の場合であつて、本件交通事故が亡信男の酒酔いに原因する事実は全く考えられない。〔証拠関係略〕

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」旨の判決を求め、請求の原因に対する答弁として次のとおり述べた。

一  第一項中、原被告らの地位に関する部分は認めるが、その余は争う。

二  第二項の事実は全部認める。

三  第三項中1の(一)の事実、2、(一)の事実は認めるが、その余は争う。

四  第四項中4の事実は認めるがその余は争う。

五  第五項は争う。

被告らの主張として次のとおり述べた。

六  被告野村の運転する被告車が、本件事故のあつた横断歩道を通過する際の信号は青であり、それを確認して進行したのである。一方亡信男は酒に酔つており赤信号であるのに横断歩道を歩行していたものである。従つて、亡信男に過失があり、被告野村には過失がない。〔証拠関係略〕

訴訟引受人代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告らの主張する請求原因事実中、被告会社と訴訟引受人は、道路交通法第三九条に基づき昭和四二年一〇月一三日付申請書をもつて東京陸運局長に対して一般乗用旅客自動車運送事業の譲渡及び譲受の認可を申請し同年一二月一四日頃その認可を得たこと、訴訟引受人が昭和四二年一二月五日滝野川興業株式会社なる商号で設立登記を終え、塩田賀四郎が昭和四三年一〇月二〇日訴訟引受人会社の代表取締役に就任したことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

訴訟引受人は次のとおり主張した。

訴訟引受人は、被告会社との営業譲渡契約で、本件交通事故による損害賠償債務を引受けた事実はない。

一  塩田賀四郎は被告会社から、被告会社のタクシー営業権と営業資産を代金二〇五、〇〇〇、〇〇〇円で譲り受けようとしたが、一般乗用旅客自動車運送事業の個人への譲渡は陸運局長の認可が得られないので、訴訟引受人会社を設立してこれを営業譲受人とし、塩田賀四郎が訴訟引受人会社の全株式を取得して同会社の代表取締役に就任し、実質的には塩田賀四郎が営業することとした。

二  昭和四二年八月一四日被告会社、被告小林、塩田賀四郎は、被告会社のタクシー営業権と営業資産を塩田賀四郎が代金二〇五、〇〇〇、〇〇〇円で譲り受け、被告小林は右譲渡の手段として訴訟引受人会社を速やかに設立すること、塩田賀四郎は右代金を、内金六〇、〇〇〇、〇〇〇円は現金で、残金一四五、〇〇〇、〇〇〇円は被告会社の債務(但し本件交通事故による損害賠償債務を含まない)を訴訟引受人会社が引受けることによつて支払う旨約した。

三  昭和四二年一二月一三日、被告会社は水戸地方法務局所属公証人鬼沢末松作成昭和四二年第九三九号譲渡契約公正証書をもつて、被告会社の営業権と営業資産を訴訟引受人に譲渡することを内容とする契約を弁護士磯崎良誉を立会人として締結した。この契約の締結は、前項の被告会社と塩田賀四郎との譲渡契約の履行としてなされたものであつて、この契約においても、訴訟引受人は本件交通事故による損害賠償債務を引受けてはいない。

四  ところが、被告会社は、右譲渡契約を速やかに履行しようとしないため、これが履行について昭和四三年一〇月一日から同月二〇日までの間、七回にわたり当事者の協議がなされた。被告会社、被告小林、訴訟引受人については海老原信治弁護士が、また、塩田賀四郎については古川豊吉、百溪計助両弁護士がそれぞれ代理人として右会談に終始関与し、磯崎良誉弁護士が双方の要請を受け、立会人として議事進行の役目を担当した。

同年一〇月一日第一回会談の終了間近い時、右海老原弁護士が、被告会社に対する本件交通事故による損害賠償請求訴訟が横浜地方裁判所に係属していることを発表し、突然、この訴訟を訴訟引受人において承継して貰い度いと申出た。これに対して、右古川、百溪両弁護士は、「もともと、本件譲渡契約は、被告会社のタクシー部門の営業譲渡を目的としたもので、譲渡の対象とする営業用資産の内容についても具体的に決定している(丙第一号証の一の物件目録、同第一号証の二に記載されたもの)。被告会社の従業員の不法行為による損害賠償責任の存否に関する訴訟は、本件譲渡契約で対象とされていないから、承諾できない」旨回答し、海老原弁護士の右の申出を拒絶した。

その後、第二回ないし第七回の会談の間に、もう一度海老原弁護士から前同旨の申出があつたが、その時にも古川、百溪両弁護士はこれを拒否した。その結果、昭和四三年一〇月八日付確認書(丙第二号証)同年一〇月一七日付覚書(丙第三号証)にも、訴訟引受人が本件訴訟を引受けることを記載しなかつた。そして同年一〇月二〇日最後の第七回会談において、「被告会社、被告小林、訴訟引受人は、塩田賀四郎が被告会社と被告小林の債務のうち、塩田賀四郎が引受けることを承諾していた債務はすべて引受を完了したことを確認し、被告会社と被告小林のその他の債務はすべて、右両名の責任において解決すること」を合意した(丙第四号証の第五項)。この合意は、本件訴訟もまた被告会社および被告小林の責任において解決することを内容とするものである。

訴訟引受人が、右会談以後も、被告会社から本件損害賠償請求訴訟を承継すること、あるいは本件損害賠償債務を何人に対しても承諾した事実はない。

五  訴訟引受人が「滝野川興業株式会社」なる商号を使用していることは、被告会社の「滝野川自動車株式会社」の商号の続用にあたらない。商法第二六条第一項の規定は、外観に対する信頼を保護しようとするものであるから、外観からみて同一性を認め得るかどうかにより続用であるかどうかを判断すべきである。「滝野川自動車株式会社」なる商号と「滝野川興業株式会社」なる商号とは、その外観を異にするほか称呼、観念も異なる。原告らは、両商号の主要な部分は「滝野川」であると主張するが、滝野川はもともと東京都内の小さな川の名称であり、転じて地名となつているのである。東京都の電話帳を開くと、商号で滝野川を冠した株式会社のみで、被告会社のほかに滝野川機械(株)、滝野川種苗(株)、滝野川商事(株)、滝野川食糧販売(株)、滝野川農業(株)の五社がある。原告らの主張によれば、これらの五社の商号はいずれも被告会社の商号と外観を同じくするということになろうが、かかる結論は、社会通念上到底容認されないところである。のみならず被告会社の本店所在地は、東京都中央区日本橋茅場町一丁目一八番地であるが、訴訟引受人のそれは横浜市港北区菊名町七一一番地であることも斟酌すると、到底、訴訟引受人による被告会社の商号の続用を認めることはできないものと考える。〔証拠関係略〕

理由

一  被告会社と訴訟引受人が同一人格でないこと弁論の全趣旨から明らかであるので、先ず、訴訟引受人が、被告会社の交通事故による損害賠償債務を引受けたかどうかについて判断する。

1  成立に争いのない甲第七号証(昭和四二年八月一四日付、滝野川自動車株式会社代表取締役小林運正、滝野川興業株式会社発起人代表小林運正作成の念書)には「滝野川自動車株式会社のハイヤー、タクシー部門の債権債務は双方話合の上新会社滝野川興業株式会社が引継ぐものとする。」旨の記載があるが、〔証拠略〕にてらすと、右の「引継ぐものとする」との記載により、被告会社の交通事故による損害賠償債務を、訴訟引受人会社がこれを引受けたものとは認めることができない。

2  成立に争いのない甲第六号証(昭和四二年一〇月一三日申請にもとづく旅客第二課担当者並木作成による「一般乗用旅客自動車運送事業の譲渡および譲受認可申請調査書」)の「債権債務及びその処理方法」の欄に「譲受人が引継ぐ」旨の記載があるが、〔証拠略〕からすると、訴訟引受人会社は、被告会社の交通事故による損害賠償債務以外の債務金一四五、〇〇〇、〇〇〇円を引受けていることが認められるし、〔証拠略〕にてらし、「譲受人が引継ぐ」とある簡単な文句によつて、被告会社の交通事故による損害賠償債務までも引受けたものと推認することは不可能である。

3  成立に争いのない乙第三号証(株主総会議事録)にも、訴訟引受人会社が、被告会社の一切の債権債務を一応引継ぐ旨の記載があるが、〔証拠略〕によると、これが記載は、一般乗用旅客自動車運送事業の譲渡及び譲受について、陸運局長の認可を得やすいように、便宜上記載したにすぎないとの事情が認められるので、これまた、被告会社の交通事故による損害賠償債務までをも引受けたことを立証する資料とすることはできない。

4  また、訴訟引受人会社が被告会社の一切の債務を引受けたとする証人海老原信治の証言は信用できないし、その他、被告会社の交通事故による損害賠償債務を引受けたことについてこれを立証するに足る証拠はない。

却つて〔証拠略〕によると、訴訟引受人主張の一ないし四記載の各事実を推認することができる。

5  そうすると、訴訟引受人が被告会社の交通事故による損害賠償債務を引受けた事実がないのであるから、本件交通事故による損害賠償債務が成立するか否かを判断するまでもなく、この点に関する原告らの主張は理由がない。

二  次に原告らの主張する商号の続用について検討する。

訴訟引受人会社が「滝野川興業株式会社」なる商号を使用していることは当事者間に争いがない。

商法第二六条第一項の「商号の続用」とは、営業譲受人が類似の商号を使用する場合よりも狭く、営業譲受人の商号と全く同一の商号を使用するか、或いは従前の商号に継承的文字を付加した商号を使用する場合に限るものと解するのが相当である。

そうすると、訴訟引受人会社の「滝野川興業株式会社」なる商号は、被告会社の「滝野川自動車株式会社」なる商号の続用とはならないから、この点に関する原告らの主張もまた理由がない。

三  従つて、原告らの訴訟引受人に対する本訴請求は爾余の点を判断する迄もなく、その理由がないからこれを棄却する。

四  原告主張の請求原因事実中、原告らの身分、相続関係、被告らの地位に関する事実、本件交通事故発生の日時、場所、亡信男が被告車との衡突により頭部外傷、頭頂骨骨折等の傷害を被り死亡したことについては、原被告間に争いがない。

五  被告野村の過失について判断する。

1  本件交差点が、自動信号機によつて交通整理が行われ、横断歩道の設置があり、見透しのよい三差路交差点であること、被告野村が被告車を運転して八王子方面から横浜方面に向け、国道一六号線を進行し、亡信男が横断歩道を渡り終る約一米手前の地点で衡突したことは原被告間に争いがない。

2  〔証拠略〕によると、被告野村は時速約七〇粁で進行し、本件交差点にさしかかつたところ、被告車の進路の信号が青色であつたことに気を許し、本件交差点における歩行者の有無やその安全の確認をしないで、漫然と前記速度のまま本件交差点に進入したため、折柄進路前方の横断歩道上を右から左に向けて横断中の亡信男を右斜前方約一六・一米に接近してはじめて発見し、直ちに急停車の措置をとつたが間に合わず衡突したことが認められる。

3  自動車の運転者は、自動信号により交通整理が行われ、自車の進路の信号が青色であつても、進路前方の横断歩道上の歩行者の有無や交通の安全を確認の上進行すべき注意義務があるというべきである。

ところが、右認定事実によると、被告野村はこれが注意義務を怠り、亡信男に一六・一米に接近してはじめてこれを発見し、直ちに急停車の措置をとつたが間に合わず衡突したというのであるから、これに過失のあることは否定することができない。

六  しかして、前述のとおり被告らの地位については争いがないのであるから、被告会社は民法第七一五条第一項、自動車損害賠償保障法第三条、被告小林は民法第七一五条第二項、被告野村は民法第七〇九条によつて各自原告らの被つた損害を賠償する責に任じなければならない。

七  損害

1  亡信男の得べかりし利益の喪失

(一)  得べかりし給与

〔証拠略〕によると、亡信男は本件交通事故発生当時、満四〇才で横浜市水道局に勤務し年額金九三九、八九二円の給与並びに賞与の収入があつたこと、そして同水道局においては五八才迄就労可能であつたことが認められる。

亡信男の生活費を右年額金九三九、八九二円の五〇パーセントとしてこれを同年額から差引きかつホフマン式計算によつて就労可能年数一八年間の総収入の現価を算出すると、金五、九二一、三一九円(円以下切捨)となる。

(金939,892円×1/2)×126(18年間の係数)-金5,921,319円(円以下切捨)

(二)  得べかりし退職金

〔証拠略〕によると、亡信男が五八才で退職した場合の支給される退職金の金額は金四、九九一、九七六円となることが認められる。よつてホフマン式計算によつて現価を算出すると金二、六二五、七七九円(円以下切捨)となる。

金4,991,976円×0.526(18年の係数)-金2,625,779円(円以下切捨)

しかして、すでに同人の死亡によつて受領した退職金五五一、二〇〇円をこれから控除すると金二、〇七四、五七九円となる。

(三)  得べかりし年金

〔証拠略〕によると、亡信男が五八才で退職した場合は年金の受給資格があり、一年の年金額は金四六一、八九七円であること、同人は退職後もなお一一年間生存可能であることが認められる。そうすると年金の合計額は金五、〇八〇、八六七円である。よつて、その最終の年に全額を受け取るものとしてホフマン式計算法によつて現価を算出すると、金二、〇三二、三四六円(円以下切捨)となる。

金5,080,867円×0.4(29年の係数)-金2,032,346円(円以下切捨)

ところが、すでに受領した年金の一時金が金二一四、五一一円であるのでこれを控除すると金一、八一七、八三五円となる。

(四)  そうすると、亡信男の得べかりし利益の合計は金九、八一三、七三三円となる。

2  過失相殺

前記の争いない事実及び認定事実によると、亡信男は本件横断歩道を黄色信号で横断していたところ途中で赤信号に変つたことが推認できるので亡信男にも重大な過失があつたものと言わなければならない。

そこで亡信男の過失と被告野村の過失を対比すると八割対二割と解するのが相当である。よつて右の金九、八一三、七三三円からその八割を控除すると残額は金一、九六二、七四六円(円以下切捨)となる。

3  相続

前記のとおり原告理代子、同清文、同恵美子が亡信男の右債権を相続したことは争いがないので、これが三分の一にあたる金六五四、二四八円(円以下切捨)を各自取得したこととなる。

4  慰藉料

本件交通事故の原因態様、亡信男の過失その他諸般の事情を斟酌すると、原告理代子に金五〇〇、〇〇〇円、原告清文、同恵美子に各金二〇〇、〇〇〇円、原告清造に金一〇〇、〇〇〇円の慰藉料が相当である。

5  弁護士費用

本件訴訟の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌すると弁護士費用は金五〇〇、〇〇〇円が相当である。

原告理代子本人尋問の結果によると、原告理代子は弁護士費用の支出を余儀なくされ右金額相当額の損害を被つたことが認められる。

6  損益相殺

前記のとおり原告理代子が、自動車損害賠償責任保険に基づく保険金一、五〇〇、〇〇〇円を受領したことは争いがないから、同原告の債権からこれを控除することとする。

7  原告らの損害額

(一)  原告理代子分

得べかりし利益 金六五四、二四八円

慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円

弁護士費用 金五〇〇、〇〇〇円

損益相殺 金一、五〇〇、〇〇〇円

差引合計額 金一五四、二四八円

(二)  原告清文、同恵美子のそれぞれの分

得べかりし利益 金六五四、二四八円

慰藉料 金二〇〇、〇〇〇円

合計額 金八五四、二四八円

(三)  原告清造分

慰藉料 金一〇〇、〇〇〇円

八  以上により、被告らは各自、原告理代子に対して金一五四、二四八円、原告清文、同恵美子に対して各金八五四、二四八円、原告清造に対して金一〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する不法行為発生の翌日である昭和四二年三月八日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

よつて、原告らの被告らに対する本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないから之を棄却する。又、原告らの訴訟引受人に対する本訴請求は、前記のとおり、その理由がないからこれを棄却する。

訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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